τὸ Μίττου Γραμματείδιον

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【冠国地心集之律】冒頭を読む

この記事は 悠里・大宇宙界隈 Advent Calendar 2021 第23日目の記事です。

問題の所在

アイル共和国はしばしば文化保全に対する態度をその特徴として語られる。その際にほぼ確実に話題に上るのが文化省(伝統文語: 地心集)の存在である。某事件以前は教育や文化財保全を中心的な業務とする省庁であったが、某事件以後は文化教育と言語関係の業務が重視されるようになり、現代アイル共和国の政治的立場をある種象徴する省庁として認識されるようになった。アイル共和国は現世に比し法文中にその法令の意図・理念を明記する法慣例が強く、その帰結として、省庁の立ち位置は対応する設置法によく現れる。そのため文化省の設置法である【冠国地心集之律】は現代アイル共和国を紐解くうえで基本的な文献であると言えるが、原文は句読の使用すら忌避する保守的な伝統文語で書かれており、ファイクレオネの公文書に親しみのない我々には決して読みやすいものとは言えない。そこでこの記事では同法の冒頭の解説を行う。この記事が読者諸賢の現代アイル共和国に対する理解の一助となれば幸いである。

原文の漢字転写

人於時識或地心之故心行而豊心集常従地心此故別加而冠国生来之時人心悪行之硬時行即冠国使地心為人心豊而連人加人即須入力識来己生国人噫人心来其処之地心須在別而於真識此或人与而識其在従此之故無別噫別而我等国生大行而混混即地心混混而何生我等国之心此同混混噫於其時於全国連地心生硬別而於極識錘地心之冠国再硬噫此故与学極錘即通此与地心之学別而地心須生多類之心而与学在手為平之力即須付目於与学無傷多類質噫国軸此硬件之故官集人等与労件加地心集之名此律之上生冠国生集之律在

読解と補足

一文目

人於時識或地心之故心行而豊心集常従地心

グロス

冠国地心集之律 グロス - Google スプレッドシート

和訳: 人というのはもうとある文化を知っているから思いを巡らす(ことのできる)ものなのであって、豊かなキャダツは必ず文化に依存する


補足
  • アイル共和国の法文ではしばしば法の文脈を離れた一般論から話を始め、法令の根拠とすることがあり、この文はその典型例である。
  • アイル共和国の法令は、しばしばラネーメ的なものの典型例とされる土着信仰タカマズネの文脈のもとで語られるのが普通である。ここではタカマズネにおける重要な存在であるキャダツ(この世界の構成単位であるイヤの全体。イヤの代表例として人の心が挙げられる)が、文化(土地や民族に付随するイヤ)が豊穣であって初めて豊かなものでありうると主張することで、文化の重要性を指摘し、文化を担当する省庁の必要性を主張するための布石としている。

二文目(前半)

此故別加而冠国生来之時人心悪行之硬時行即

グロス

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和訳: このために、更にアイル共和国が誕生したときは人のイヤがやぐされている難しい時期であったから

補足
  • phil.2000年の天変地異により住処を追われたファイクレオネ人の一部が旧ラネーメ皇帝領に避難したのがアイル共和国の起源である。当時は故郷や多くの友人、財産を失った人々が多く心神喪失状態となっていた。後のアイル共和国首相である皇之上水たかまそらなはその手記の中で当時の様子を「敢えて心人としてこの国を見れば、民の混乱未だ拭えず。多勢を以てこの狭き皇帝領に住処を移しし折、家を失い、夜通し酒飲み、裁(シユ)を打ち、持てる財産総て失い、心を虚にする者甚だ多し。」と語っている。

二文目(後半)

冠国使地心為人心豊而連人加人即須入力識来己生国人噫

グロス

冠国地心集之律 グロス - Google スプレッドシート

和訳: アイル共和国は文化を利用して人のイヤを豊かにし人と人とを結びつけるのであって、人は自分はアイル共和国の人間であるということを自覚することができるようになるだろう

補足
  • 前半を受けて、アイル共和国が文化振興を通じて達成しようとする目標が語られている。それは人のイヤを豊かにすることであり、人と人とを結びつけることや国民意識を育むことはこれに付随するものとして扱われている。人のイヤの豊かさはタカマズネにおいてはキャダツの豊かさと深くかかわるものなので、これが文化振興を通じて行われるべきことは当然のこととして詳しく述べられていない。

三文目

人心来其処之地心須在別而於真識此或人与而識其在従此之故無別噫

グロス

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和訳: 人はそこの文化が当然存在すると思う(ものである)が、本当のところは、これを知っているということは、ある人が与えてその存在を知ってこれを従うことに由来してに他ならない

補足
  • 文化というのは土地に勝手に付随するものではなく、そこの人々が継承してはじめて存在できるものであることを確認している。

四文目

別而我等国生大行而混混即地心混混而何生我等国之心此同混混噫

グロス

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和訳: しかしながら、私たちの国は大規模な移動の結果として混乱しているので、文化は混乱しており、何が私たちの国のイヤなのかということも同様に混乱している

補足
  • 「大規模な移動」というのはphil.2000年の天変地異に伴うファイクレオネ全域で相次いだ避難のことである。様々な地域の様々な民族が日本の半分程度の面積に押し込まれて、地域のコミュニティによる文化の伝達がほとんど不可能になり、またその人々が国をつくったため国民としてのアイデンティティを形成するような文化も存在しないというのが、アイル共和国建国時の状況であった。
  • 「国のイヤ」というのは「その国らしい文化」という意味と捉えてよい。文化はタカマズネにおいては地域のイヤと理解されていることを思い出そう。

五文目

於其時於全国連地心生硬別而於極識錘地心之冠国再硬噫

グロス

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和訳: そのような時期ではすべての国家において文化をつなげることは難しいが、重要なものである文化を特に認識しているアイル共和国ではそれは更に難しい

補足
  • 原文が【識錘地心】の語順だったため「重要なものである文化を認識している」と訳したが、【識地心錘】「文化を重要なものと認識している」や【錘識地心】「文化を重く捉えている」の語順の方が自然な表現である。
  • 直近の大災害を生き延びたファイクレオネ人が文化を継承していくことには大きな困難があると主張しており、特に文化振興を重視するアイル共和国にはその困難が重くのしかかるということを確認している。

六文目

此故与学極錘即通此与地心之学別而地心須生多類之心而与学在手為平之力即須付目於与学無傷多類質噫

グロス

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和訳: そういうわけで教育はとても重要であるから、これを通して文化を教育するのであるが、文化は多くの種類のイヤを生じさせるべきである一方で教育は均一化の可能性を有しているので、教育が多様性を傷つけぬよう注意しなければならない

補足
  • 前の文で見た通り、アイル共和国建国時のファイクレオネは文化の自然な継承に困難があった。そのため国家主導で文化教育を行うことで継承を担保することが重要視された。
  • そもそも文化を重要視するのはキャダツが豊穣であってほしい、つまり人のイヤが多様であってほしいからであったが、教育というのはともすれば多様性を損ないかねないものである。そのため、文化教育という概念には多様性の増大と現象という真逆の側面が隠されていることになり、実現には充分な注意が必要になる。

七文目

国軸此硬件之故官集人等与労件加地心集之名

グロス

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和訳: 国の軸であるこの難事を理由として、政府は人々を集めて実際の仕事と文化省という名前を与える

補足
  • 今までアイル行政における文化の位置づけとそれに伴う困難について語られてきたが、この法律が文化省の設置法である以上、その主張を文化振興が省庁の設置など国家による事業として行われる必要があるという主張と接続しなければならない。その役割を担うのがこの文であり、文化振興というものが国家にとって重要かつ多くの難題を抱えていることを理由に文化省の設置を正当化しようとしている。【国軸此硬件之故】「国の基盤であるこの難事のために」という表現はこのようなときによく用いられる慣用的なものである。

八文目

此律之上生冠国生集之律在

グロス

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和訳: この法律の上位法としてアイル共和国省庁設置法が存在する

補足
  • 【冠国地心集之律】「アイル共和国文化省設置法」は【冠国生集之律】「アイル共和国省庁設置法」を上位法とするということである。

趣旨要約

アイル共和国はキャダツの豊穣さや国民の連帯・国民意識の観点から文化を重視する。しかしながら、phil.2000年の天変地異に伴う社会の混乱により文化の継承に困難が生じており、また国を代表する文化も存在しないため、国家主導の文化教育によってこの解決を目指す。多様性を抑圧しかねない教育という形で文化多元性を確保する事業を行うのには細心の注意が必要とされるため、専門の部署を設置し文化省と命名する。

結論

【冠国地心集之律】冒頭の読解を行い、簡単に文化的・政治的背景の補足を行ったが、アイル法に関心のない一般の読者にとって、法文はそれ自体として研究の対象となるものではなく、むしろ現代アイル理解のための一つの手掛かりに過ぎないであろう。この記事はそのような読者を主に想定しているので、法文の仔細を述べるのはやめにして、以上の読解をもとにアイル共和国の現状について二三述べて結論としよう。

まず、【何生我等国之心此同混混】「何が私たちの国のイヤなのかということも同様に混乱している」の部分に関係して、この法律の制定後【我等国之心】と呼ぶにふさわしいものが誕生したのかという疑問が生じる。既に日本語文献で紹介されているように、アイル共和国を象徴する文化を生む出す努力として官定机戦を理解することができるというのが(殊に日本の読者にとっては)この疑問に対する一番わかりやすい答えであろう。

ところで、公教育での官定机戦の扱いもおもしろい。もちろん国民の中での官定机戦の知名度を上げようとしているのと、そもそも机戦はルール差が大きく他に公教育で扱いやすいルールがあまりないことから、公教育で行われる机戦は官定によるものが多いのであるが、それぞれの家庭や地域に伝わるルールは尊重されるべき文化であること、官定は互いに相手の用いるルールを理解するときの基準としての用途もありその意味で官定を知っていた方が親切ではあるがこれが官定の他のルールに対する優越性を意味するのではないことが、官定机戦を取り扱うときに強調されている。【地心須生多類之心而与学在手為平之力即須付目於与学無傷多類質】「文化は多くの種類のイヤを生じさせるべきである一方で教育は均一化の可能性を有しているので、教育が多様性を傷つけぬよう注意しなければならない」の精神のわかりやすい例である。

最後に、今回読んだところでは明確には触れられていないが、特に某事件以降、文化省は言語政策においても大きな存在感を見せており、日本でも紹介されているように、言語教育や行政の多言語化などに携わっている。言語を取り扱う象徴としてはユエスレオネ連邦の言語翻訳庁(farzist lkurftless ad akrunfto)が有名だが、FLAが言語自体を対象としている向きがあるのに対し、文化省の方は「言語は文化や思想の乗り物である」という認識が見え隠れする。FLAと文化省はよく対比されがちであるがこのような基本的なスタンスの差が存在し、このことを「個別言語学者文化人類学者の違い」と表現する人もいる。

このように文化省、ひいてはアイル共和国も時代の流れに即して変化を続けている。今回紹介した内容はその変化を読み解く手がかりとしては充分とは言い難いが、それについては他の識者による紹介を参考にしたりあるいは読者自身による研究によって補ってほしい。